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ミニマリスト見習いの、よくばりジャーナル

完璧主義者はアイロンがけがお好き

こんにちは、ミオグロビンです。

実家で家事を手伝うようになりましたが、
一番好きなのはやっぱりアイロンがけだなあ、と感じています。

お掃除も嫌いではないのですが、完璧にしようとすると終わりが見えません。
どんどんきれいになっていくものを見るとやりがいを感じますよね。
でもどこもかしこも掃除をしようとすると、とても消耗してしまいます。
「いい感じに疲れるのがいい」という方もいらっしゃると思いますが、私が好きなのは手軽にできて終わりが見える、アイロンがけです。

私は完璧主義者です。たぶん。
小さなころから、何か成果を出しても、「頑張ったな。ここをもっとこうするともっと良くなると思うよ」と言われてきました。
親なりに、私には常に向上心を持って物事に取り組み、よりよいものを生み出せる人間になってほしいと思ってのことだと思います。
実際私も、後輩を育成するときは同じことを言ってしまいます。
あー、でも、同じことを言うときは後輩が失敗しちゃったときのことが多いかな。
失敗したときに「頑張ったね。次はここをこうするともっと良くなるんじゃないかな」と言うのと、成功したときに言うのでは、相手の受け取り方もだいぶ違いますよね。

成功したときは、ただ「頑張ったね」とだけ言われたかった。
そのことは、ちょっとした寂しさとなって私の心の中に残っている気がします。

家事をするときは、するだけでありがたがられるし、母はじっとしているアイロンがけは苦手と言っていたので、私がアイロンがけをするとさらに喜びます。
存在意義はほしくなっちゃいますね。より確固たる存在意義がほしい。

お料理も練習しなくてはー。
今日はお夕飯を任せてもらってます。
一人暮らしの時は、一品作っておしまい、のことが多く、お献立のことまで考えていませんでしたが、実家でお料理するときは考える必要があるので、新鮮です。
肉じゃがを久しぶりにつくろう。

小春は気まぐれむすめ

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こんにちは、ミオグロビンです。

小春は私の部屋に引きこもりっぱなしです。
実家の先住猫と折り合いが悪いのです。

小春は抱っこされるのが嫌いです。
身体を拘束されるのがいやみたいです。
いつでも思ったとおりに身体が動かせて、何かあったときにすぐに逃げられる状態でありたいようです。
首輪をつけようとしたときもすごくパニックを起こしてしまいました。

でも人に触れられるのはすごく好きで、外出から帰ると15分は撫でないと気が済まないようです。
お昼寝をするときも、身体の一部を私にくっつけて寝たいようです。
でも夏なのでそのまま抱きしめていると、暑いようで身をよじります。

下半身や足やしっぽを触ると嫌がる猫は多いですが、小春はどこを触っても嫌がりません。
お腹も触り放題です。お腹を触られるのが好きなようです。
安心しているときはへそ天にしてごろんと寝っ転がることもあり、そのときはお腹に顔をうずめてもふもふしています。
ただお腹は内臓がたくさん入っている大事な場所。
人間もそうですし、多くの動物に共通していることですね。本能的にお腹を触られるのが嫌な猫は多いと思います。
なので怖い思いをさせないように、触るときは優しくします。

快適な猫スキンシップを求めてがんばるぞー!

実家のお掃除

こんにちは、ミオグロビンです。

ニート生活中、一日中家にいる日はなるべく家の掃除をしています。
人間が4人、猫が3匹、犬が1匹いるので、家がすぐ汚れてしまうのです。
洗濯物もすぐたまります。
こまめな掃除は欠かせません。
一人暮らしを始めるまで母親一人に任せてしまっていたのが申し訳ないです。
働き始めてもなんとかできることはしていきたいですね。

今日はキッチンや床の掃除を特にしていましたが、気が付いたら手がボロボロに。
よく見たら爪の表面までボロボロです。
爪が荒れるほど強力な洗剤なんて、使ったかな!?と思ったら、コンロ掃除のときに使用した金属たわしが原因だったみたいです。
私は右利きで、爪が荒れているのも右だけです。
妹の爪磨きを拝借して、ついでだからすこしお手入れをしておくことにいたします。

そんなこんなで、母に「ミオグロビンに主婦になってもらいたいわ」と言われました。
私も、母がそれで楽になれるなら、と思いますが、やっぱり私もお給料が欲しいです。
私が実家に戻ってきたのも、一番は貯金をするためです。
働きながら、なるべくみんなで協力してきれいな家を保てるように頑張ります。

特に母親は食品の管理がざっくりです。
実家には食品庫があるのですが、そこの棚にしまい込んであるものは8割がた賞味期限が切れているのです。
それを見つけては、ごみの日に捨てています。
瓶詰、缶詰でも5年10年と期限が切れているものが結構あります。
開けて、小さなビニール袋にうつして、入れ物は洗って、分別して捨てる。
結構、気力がないとできません。捨てるためだけに洗い物。
母は、食品庫や冷蔵庫から何かを出しては、「あら、期限が切れてる」と気づき、そこで元の位置に戻してしまうんです。
なぜ戻すー!
いつか食べるのー!
きっと誰も食べないと思うよー!
いつどこで誰がどのように食べるのですかー!
それが即答できないなら捨てた方がいいと思うよー!!

でも母は戻してしまう。
なので私が処分しておかなくてはいけない。
父も結構積極的に古いものは処分してくれるのですが、基本的に冷蔵庫の中の、すぐに捨てられるものばかり手を付けます。
瓶や缶をあけて洗わなくてはいけないようなものは、ほとんど私に任されてしまいます。

そして空いたスペースにまたため込まれてしまいそうですが・・・
そこは少しずつ諭していけたらいいなと思います。

母は結構「安かったの」と言っていろいろ買ってくるタイプです。
でも、使わなかったら、安くても意味がないんだよ。
どうして同じ洗剤の詰め替え用が五つもあるの?
使い切るまでに何回も安売りがあると思う、だからきっと大丈夫。

未開封の食品はあまりカビが生えたりしていないので、
捨てる時もそれが精神的にかなり楽です。
そんなに変なにおいもしません。
でも「変なにおいがしなければ食べてもOK」とは私は思いません・・・。

家族と暮らすって難しいですね。
お掃除頑張りまーす。

帽子を買いますか?

こんにちは、ミオグロビンです。

時差ボケもなく、普通に過ごせております。
安心です。

今日は出先で良い帽子を見つけたのですが、
もう少し考えようと思って買わないでおきました。

帰ってきて、改めて手もちの帽子を被ってみました。
…うーん、しっくりこないです。
二つ持っているのですが、片方は窮屈で、片方は浅くて「乗せているだけ」のようになってしまいます。
さっきお店でみた帽子はとても良かった。
店員さんも「あなたはつばが広いものよりも狭いもののほうが似合う」とアドバイスをくれたりして、良かった。

今日は帽子クリップなるものだけ買って帰ってきたのです。
帽子のつばと服の衿をつなぐ、クリップ付きのチェーンです。
そうすれば風が吹いても帽子だけ飛ばされることがない。ちょっと安心して帽子をかぶれるということですね。
それで、手もちの帽子の具合をみようと思ったのですが、クリップを買ったところで、手もちの帽子のかぶり心地があまり良くないことには変わりがありませんでした。

どちらも中学生や高校生の頃に母親に買ってもらった帽子なので、手放してしまうのが申し訳ないのですが…
片方は、先ほど母親の前でかぶっていたら「それは捨てたら?」と言ってもらったので、それで「ああ、捨ててもいいんだな」と感じて、罪悪感が薄れるようでした。
一つ買って、二つ手放す。それっぽいですね。ミニマリストっぽいです。図らずも。

ただ、そこでですよ。
手もちの帽子が合わないので捨てたいということと、新しい帽子を買うということ。
これはつながっているようでつながっていないのです。
なぜならば、帽子をかぶらなくても生きていけるから。
そこまで差し迫って必要なわけではないから。
ただなんとなく欲しいと思う。物欲を感じている。それだけのことです。
必要ではない、でも物欲を感じる。なのでとりあえずブログにこの悶々としている様子を書いてみようと思ったわけです。
気持ちの整理ということですね。

・無くても生活に支障はない
・なんとなくほしいなと思っている
熱中症になりやすいので心配である、予防に良さそうである
・頭が涼しくなりそうで良さそうだと思う
・でもやっぱり無くても生活に支障はないと思う

理性的に考えればやっぱりいらない。
手もちの物を手放してみて、必要かどうか一年ほど吟味するべきだと思う。

うん…そうだよね。
持ちものは少なく!身軽であるに越したことはない。
帽子はしばらく、保留!!

結論が出て良かったです。めでたしめでたし。
これで来週あたり買ってしまったりしてね。衝動に負けてね。ありそうです。

アメリカの思い出

こんにちは、ミオグロビンです。

日本に帰国して一日が経ちました。
そこまで時差ボケもなく、順調です。

あと二時間ほどで彼も帰国します。

アメリカに行った感想をもう少し書いていこうかなと思います。

サンフランシスコやポートランドに旅行にも行ったんですが、生活の拠点は、恋人が通っている大学の近くの、恋人が住んでいるアパートでした。
のどかな街のいいところでした。
夏以外は雨がとても多く、晴れることがあまりないらしいのですが、私は晴れている時期を選んで行ったので、雨も降らずに旅行が終わりました。

彼が通っている大学のキャンパスも案内してもらい、
キャンパス内のスーパーや食堂で買い物をしたり、
いつも彼が勉強しているスペースを見せてもらったりしました。

アメリカ側からの時差も感じられました。

彼が普段どんな人と接して、どんな風に生活して、どんなことを勉強しているのか知ることをできたのはとても嬉しかったです。
私が行ったのは、彼が夏休みに入ってからなので、実際にまさに大学生活を送っているというところではなかったのですが、
夏休みが終わったら、彼はまたあそこで生活をし、勉強をしていくのだと思うととても不思議な気持ちです。

彼が遠くにいる、ということは今までも変わらないですが
その遠くの場所がどんなところなのかというのを具体的に知った今、
私が感じる淋しさもなんだか具体的になってしまったように感じられます。

なんといいますか、今までは「彼はなんだか知らないところに行ってしまったのだ」という、ある種のファンタジー感覚だったのですが、
ファンタジーを具体的に目の当たりにして、現実として受け止めていく?受け止めた?のだな、っていう感じです。
不思議な気持ちです。
嬉しくて淋しい。

三週間もいたので、旅行というよりは生活でしたね。
貴重な体験です。
ニューヨークに彼が留学していたときにも、春休みに一週間転がり込みましたが、一週間だと全然地理も覚えないし、まだファンタジーのままだった気がします。
でも今回は三週間で、近所のスーパーなら一人で行けそうなくらいには地理がわかるようになって、大学内も何回も通り過ぎて、その街に自分が生活者として受け入れられたと感じました。
彼は夏の終わりにまたここで生活を始める。
でも私は多分二度とここには来ない。
この気持ちをなんと表現したらいいのでしょうね。
またこれが一生の思い出になるのだなと思うと、それも不思議な気持ちです。

日本に帰ってきた今、私は何をして生きていこうかなって考えてしまいますね。
仕事が始まれば、きっと大丈夫になるでしょうか。

ニートが始まったあたりから、自分の価値についてとか気になりだしたりして、ちょっと精神的に不安定になってきているので、あまり無理をしないで過ごそうと思います。
ぽわわんとしながら生きていきたい。
日本だと、常になにかしていないと焦ってしまいますね。

そんな今日この頃。

あ、本日26歳になりましたー!

帰国します

こんにちは、ミオグロビンです。

6月は1記事しか更新しませんでしたね。

6月の後半からアメリカに来ておりまして、今帰りの空港です。
三週間弱おりましたが、とても楽しく過ごせました。

恋人と一緒に三週間もずっと一緒にいるなんて、今後は老後までないと思います。
終わってしまうのが悲しい。
三週間もいれば満足してすっきり帰れるのかなと思いきや、全然でした。

英会話スクールで、「リスニングは問題ないです」みたいなことを言われていたので安心していたのですが、こちらに来たら全然聞き取れませんでした。
話すのも気後れしてしまい、ほぼ彼任せだったのが申し訳ないですね。
まだまだ鍛錬が必要そうです。
英語ができるという触れ込みで転職先に入社することにいつの間にかなっていたので、早めになんとかしたほうが良さそうです…

アメリカのスーパーやドラッグストアに行くのがすごく楽しかったです。
日本と売っているものが随分と違いますし…
季節に関係なくフルーツが売っているのが面白かったです。
夏なのに苺や林檎が売っていて、しかも美味しいのです。旬とは…??

時差ボケもほとんどなく過ごすことができました。
日本に帰ってからが心配ですww

気候も、昼間は暑くても夕方からかなり涼しかったりしたので、日本とは随分違って過ごしやすかったです。
彼のアパートはエアコンがなかったのですが、ほぼ問題なく過ごせました。日本だったら死んでいます。
日本はとても暑いそうなので、帰るのがおっくうです。

彼の友達にもたくさん会えて楽しかったです。
またと同じシチュエーションが来ないということが切ないですね。

森にハイキングに行ったりもしたのですが、大きな倒木などもたくさんあって迫力がありました。
もちろん人が通るために切った木もあるのでしょうけれども、自然に朽ちて倒れたと思われるものもたくさんありました。
森羅万象の理を感じましたね。森だけにね。

往復で3〜4時間くらい歩いたのですが、死ぬかと思いましたね!
途中で崖っぽいの昇り降りしたりしました。
命の危険を感じることはなるべく避けて生きているので、非常に怖かったです。
でも貴重な経験ができたと思います。
連れて行ってくれた友達にはとても感謝しています。
真っ白なコンバースが茶色にモデルチェンジしました。
帰ったら早めに洗います…!!

アウトレットにも連れて行ってもらい、初のブランド物ショッピングをしてしまいました。
祝日の記念でとても安くて、普通にブランドでないカバン買うのと変わらないお値段でした。
ちょうどカバンが必要だったので、助かりました。
仕事用とプライベート用になんと二つも買ってしまったのですが、プライベート用は彼からのプレゼントです。
ありがたいですね。大切に使います。とっても可愛いです。
早く持って出かけたいな!!

彼は一日遅れで日本に到着します。
また日本で会えるのが楽しみです。

そんな今日この頃。

努力:時間と効率のジレンマ

こんにちは、ミオグロビンです。

なんかすごく堅苦しそうなタイトルにしてしまいましたが、あまり堅苦しいことを書くつもりはないです。
ふと(簿記の勉強中に)思ったことを書くだけです。読みやすくまとまってもないです。

勉強やなにかのスキルの習得などを行うときに、自覚的にしろ無自覚的にしろ大体「努力」ということをすると思います。
ただこの努力っていうのがなんともふわっとしていますよね。

誰かがなんか長時間机に向かっているところをたまたま見た別の人が、その人に対して「努力家」と呼んだりする。
けれど、「努力家」と呼ばれた人が本当に何か努力をしていて、その努力が実を結んでいるかはわからない。
もしかしたら半分以上居眠りしているかもしれないし、教科書のカバーをかけた漫画を読んでいるかもしれない。

かと思えば、「長時間机に向かっているところ」みたいな姿をあまり他の人に見せないけど、華々しい成果を上げている人もいる。
そういう人は「要領がいい人」とは呼ばれるけど、「努力家」とはあまり呼ばれないのではないでしょうか。

人が他の人に対して「努力している/していない」をジャッジする基準は結構いい加減です。
その人が上げている成果から、その人がしてきた努力に思いをはせ、敬意を払える人はそんなに多くない。

また、私は「よっしゃ今から2時間努力するわ」と特に意識しているわけではないので、「努力してるなう」感があまりありません。「よっしゃ今から2時間努力するわ」と思っても続かないんです。
努力している自覚をほぼ持ちません。もしくは「やることをやっているだけ」と思っています。
嫌なことからは結構逃げるタイプだと自覚しています。膨大な夏休みの宿題を踏み倒したこともあります。
それでもよく周りからは「努力家」と言われます。うーん。。。
評価でいうと「良~可」くらいの成果をちょこちょこ上げます。
たぶん「努力家っぽい見た目」×「ちょこちょこ上がっている成果」→「きっと努力家なんだろう!!!」になっている気もしなくもない?


努力には二つのベクトルがあると思います。
それが記事タイトルにも書いた「時間」と「効率」です。
これは成果を上げるための努力においてどちらもある程度必要だと思います。

簿記の勉強をしていると、どうしても「ああ、あと3日くらいで仕上げられたらいいのに」と思います。
でもそれで知識は定着するでしょうか。ちゃんと理解は深められるでしょうか。
ちゃんと一問ずつ理解して進めば、3日で終わるかはわかりません。
さて試験に合格するにはどのようにすれば良いでしょうか。

とはいえ、医療事務の基礎知識を理解した上で臨んだ、調剤事務管理士の資格試験勉強はとてもサクサクしたものでした。
私は、説明がたくさん書いてあるテキストを読むのはそこそこに、予想問題集から解き始めたのです。
やりながら覚える方式。
ただ、これは予備知識があったからこそ。また、なんでも持ち込み可能(というかそもそも自宅受検)の資格試験だからこそかもしれません。

物事の考え方という点では、時間をかけるからこそ定着する側面もあると思います。
ただポーズだけの努力を長時間続けることの効果はわかりませんが、でも「とりあえず時間をかけてみる」というのは大切だと思います。
難しい~~

でも、とにもかくにも、やるしかない。やるべきことをするだけ。正解はない。人それぞれ。

やるかー

以上現実逃避でした。